YU CREATON presents
ドリップコーヒーを淹れる朝
ふと浮かぶ旅の記憶や、
その日の小さな思いを、
そっと綴っています。
#057 ミラノのショーウインドー
ずいぶん前のこと。
建てたばかりの家に、カーテンをつける必要があった。
国内で専門店を探したが、
目が飛び出るほど高くつくことが分かった。
特に輸入生地を使ったカーテンだと、なおさらだ。
さて、どうしよう。
当時は海外へ出張や旅行に行く機会が多く、
今よりもずっと行動力があった頃。
ふと思った。
それなら、
ヨーロッパで生地を探して、
自分で持って帰ればいいじゃないか。
今思えば、
なかなか無謀な発想だった。
たまたま旅行を検討していた先はミラノ。
ファッションの街として知られる都市。
きっと探せばあるだろう。
まだインターネット検索も無いような時代、
とにかく行けば何とかなると思っていた。
そんな気楽な気持ちで、いよいよ渡欧。
ミラノにつくと、とにかく街を歩き回った。
しばらく歩いていると
一軒のインテリアショップを通り過ぎる。
足が止まった。
ショーウインドーのディスプレーで飾られていた生地が、
とにかく美しかった。
まさに、
探していたイメージそのもの。
これだ!
しばらくの間、
ショーウインドーの前で生地を眺めていた。
やっぱり、これが欲しい。
勇気を出して店に入り、
店員さんに、何とか話しかける。
「ショーウインドーの生地が全部欲しいんですけれど、
購入できませんか?」
すると店員さんは、
「いやあ、これはディスプレーで、
売り物じゃあないですから。」
そこから、
長い交渉が始まった。
「どのくらい欲しいんですか?」
「全部です。」
「全部?? ちょっと待ってください。」
何やら、奥の店主らしき人に聞きに行く。
しばらくすると、戻ってきた。
「良いでしょう。販売できます。
長さは四十メートルあります。」
そう言って価格を提示する。
僕はその時だけ、
「グラッツィエ!」
とイタリア語で返す。
かなりの値段だったが、
日本で調べた値段よりも、はるかに安かった。
その時は、どうやって持ち帰るかなど、
全く頭の中に無く、
とにかくその生地を
手に入れたことが幸せだった。
ついに、念願の生地を手に入れた。
さて、どうやって持って帰るか?
その時になって、考え込んだ。
四十メートルは、なかなかの量だ。
お店の人が周りだけを包んでくれ、
僕は、それを抱えて外に出た。
そして、タクシーを捕まえ、
ホテルに戻った。
そして次の難関は、
どうやってトランクに入れるか。
帰国前日は、ホテルで、
この巨大な生地を
スーツケースへ収めなければならない。
部屋で格闘開始。
押し込んでは、戻して畳み直し、
また押し込む。
ついに、収納完了。
今思えば、
あんなこと、よくやったものだと思う。
そして数日後、
無事に日本へ帰国。
帰宅すると、
真っ先にスーツケースを開ける。
汚れていないか。
傷んでいないか。
恐る恐る確認する。
大丈夫だ。
「よし!」
ミラノで見つけ、日本にたどり着いた生地に、
心はうきうきする。
さて、
次はカーテン作りだ。
専門店に聞いても、
持ち込む生地で対応してくれる店がない。
あっても、とてつもなく高い。
さて、どうしよう。
そんな時、
知り合いから
市にシルバー人材のサービスがあると教えられた。
これだ。
早速、連絡すると、
ありがたいことに快諾してくれる。
カーテンレールは、悪戦苦闘して、
何とか自分で取り付けていた。
シルバーの方が来宅。
早速カーテンの寸法を測るのだが、
これが、思った以上に難しい。
手造りのカーテンレールということもあり、
寸法は窓ごとに微妙に違う。
担当の方には、
本当に苦労をお掛けしたと思う。
採寸を終えると、生地を渡す。
そして、二週間ほど待っただろうか。
いよいよ取り付けの日。
一枚、また一枚と、
縫製された、美しいカーテンが窓を飾っていく。
そのたびに思い出した。
あのミラノのショーウインドー。
街角で立ち止まり、
思わず見入った景色。
出来上がっていくカーテンを見ると、
まるで、ミラノの空気を
そのまま日本へ持ち帰ったようだった。
それから長い年月が過ぎた。
あの時のカーテンは、
今も我が家を飾ってくれている。
今朝も、
コーヒーを飲みながらカーテンを眺める。
すると、ふとミラノの街並みが浮かんでくる。
今日のダークローストは、
どこか、ミラノのエスプレッソを思わせる苦み。
窓辺のカーテンに触れるたびに、
西鎌倉の自宅に、
ミラノの風が吹き抜けるような気がする。
今朝の至福度は、大「至福」です。
2026年6月3日
雨 台風
#056 ハイアニスからニューヨークまで、骨董品を積んで
ずいぶん昔、
マサチューセッツ州の小さな町、
ハイアニスに、何年か通った時期がある。
ボストンから、
レンタカーで一時間半ほど。
車で走る。
気がつけば通り過ぎてしまうぐらいの、
静かな町だ。
ジョン・F・ケネディの別荘の地としても知られる。
さらに先へ行けば、
ケープコッドの先端。
海風が心地よく、
ニューイングランドの風景が広がっている。
僕がハイアニスへ行った理由は、
町中に点在する骨董店だった。
僕に骨董を教えてくれた知り合いの方と、
何度か訪れた。
僕がサラリーマンを辞めた頃、
その方に勧められて、
古物商免許を取った。
それ以来、
国内や海外を旅するとき、
その土地の骨董店を訪れるようになった。
ハイアニスは、
その中で、一番思い出のある町。
その町に到着する夜は、
決まって町のシーフードレストランへ行く。
そして、ロブスターを、
お腹いっぱい戴く。
ハイアニス旅行の、
最初の儀式のようなものだった。
最後は、
アメリカンコーヒー。
大きなカップの、
少し薄めのコーヒーを飲みながら、
今回の旅程の確認をする。
翌朝からは、
レンタカーで骨董店を回る。
大体僕が運転手。
一軒目の骨董屋さんに到着。
最初の頃は、
何が良い物なのか、
正直よく分からなかった。
ただ、知り合いに付いて店の中を歩き回り、
展示品を眺める。
それだけで、
十分楽しかった。
やがて回数を重ねるうちに、
少しずつ、
自分の好きな物が見えてくる。
最初に目が行ったのは、
古いタイプライター。
全部で五、六台は、
買っただろうか。
日本へ持ち帰り、
ネットオークションへ出品すると、
欲しいという人が現れる。
それが嬉しかった。
そのうち、
より小さく、
より面白い物へ、
自然と目が向くようになっていった。
一度、
ハイアニスで買った骨董品を積み、
ニューヨークまで車で運んだことがある。
知り合いの方は飛行機で移動。
運転するのは、
僕一人だった。
今思えば、
ずいぶん過激な挑戦だった。
数時間も走れば、
ニューヨークに着くだろう。
そんな軽い気持ちで、
運転を始めた。
しかし、
走れど走れど、
なかなか着かない。
何度も、食事&トイレ休憩。
あるのは、マクドナルドぐらいだ。
ようやく、
ニューヨークが近づいてきたと思った頃には、
今度は大渋滞。
車は進まない。
だらだら進みながら、時間だけが過ぎていく。
最後の方は、
少し地獄のようだった。
そしてようやく、
ニューヨークの街にたどり着く。
高層ビルが見えてきた時は、
正直、ほっとした。
待ち合わせていたホテルへ到着し、
知り合いの方へ無事に荷物を渡す。
その足で、
レンタカーを返却。
ようやく、
長い運転が終わった。
疲労困憊。
その夜は、
遅めのディナー。
知り合いの方に、
食事をご馳走になった。
今思えば、
あれも数ある珍道中の一つ。
旅先では、
いつも何かしら、
小さな騒動が起きていた気がする。
でも、
そんなバタバタも、
あの頃は楽しかった。
あの時に買った骨董品のいくつかは、
今でも家のリビングに飾ってある。
ビンテージの懐中時計もその一つ。
ケープコッドで買った、
浮き輪の飾り物は、
友人の家の玄関に、今も掛かっている。
懐中時計を手に取って、
ふと思い出すと、
ハイアニスの、
あの爽やかな風が
駆け抜けるような気がする。
今朝も、
ダークローストの心地よい苦みが、
喉を通り過ぎる。
今朝の至福度は、大至福です。
2026年5月28日
曇り
#055 ドリッパーは、磁器のぬくもり
バリスタのコンペなどでは、
プラスチック製のドリッパーが使われている。
抽出中の様子が見やすいとか、
熱が逃げにくいとか、
機能的な理由があるらしい。
確かに、合理的だと思う。
でも僕は、
磁器製のドリッパーに惹かれている。
僕にとって、
ドリップコーヒーは、
日々の小さな贅沢。
一杯百円、二百円の世界かもしれない。
けれど、
豆を選び、挽き、
丁寧にドリップして淹れる。
僕にとってその時間は、
日常の中の、小さな豊かさだ。
だから、
色々とこだわりたくなる。
機能に加え、
そこには心の豊かさがある。
僕が使うのは、
CAFECの磁器製フラワードリッパー。
それだけではない。
白磁には、手描きされた桜の絵。
描き手の気持ちが伝わる、
一品ものだ。
もちろん、
絵が描かれているからといって、
コーヒーが美味しくなるわけではない。
でも、
そのドリッパーを見ると、
気持ちが豊かになる。
朝、豆を挽き、
ペーパーフィルターを
ドリッパーにセットする。
ポットは、ツバメプロの
自称、シックスファイ。
豊かな気持ちでお湯を注ぐと、
フィルターにしみたコーヒーが、
花びらの形を作り出す。
フラワードリッパー特有の模様だ。
そして側面には、
手描きの桜。
お湯を注ぎながら、
その絵に目が行く。
腕が固まりそうになるのを我慢しながら、
じっと、細いお湯を落としていく。
約四分。
ようやく抽出が完了。
サーバーから、
お気に入りのアラビアのマグへ
コーヒーを注ぐ。
一口飲む。
美味しい。
今日も、
うまく抽出できたようだ。
そんなことを、
毎朝繰り返している。
役目を終えたドリッパーを、
水で手洗いする。
磁器の肌が指先に心地よい。
良い感じ。
側面に描かれた絵を
もう一度眺めながら、
明日の朝まで、しばらく休んでもらう。
何気ない毎朝のこだわり。
えぐ味の無い、
心地よい苦みが喉を通る。
美味しい。
今朝の至福度は、大「至福」です。
2026年5月22日
曇り
#054 僕は、やはり、一人旅かな
ずいぶん昔、ご縁があって、
ドイツ、ロマンチック街道を巡る
一週間のツアー旅行に
参加することになった。
あのころの僕は、
一人旅ばかり。
初めてのツアー旅行への挑戦だった。
出発前には、
旅行会社の説明会。
参加者たちが集まり、
順番に簡単な自己紹介をする。
しかし、
雰囲気はやや堅苦しく、
会話が弾まない。
ぎこちない空気のまま、
説明会は終わった。
いつもの旅だったら、
自作の旅程表を、
うきうきしながら
確認している段階。
それが今回は、行程表を受け取り、
それを確認。
いつものうきうき感とは少し違う。
そして、いよいよ出発の日、
成田空港へ向かう。
少し緊張気味ながら、
やはり成田へ行くと、
気分が上がる。
航空会社は、
ルフトハンザだっただろうか。
搭乗口に集まった参加者たちと、
軽く挨拶を交わしながら、
飛行機へ乗り込む。
共通の話題は、まだ少なく、
長いフライトの時間が、
静かに流れていった。
着いたのは、フランクフルト。
空港からバスに乗り、ホテルに向かう。
少し休養した後、最初の食事。
ガイドから説明がある。
食べ物は、ツアーに入っていますが、
飲み物は、各自負担で後ほど清算してください、
との言葉。
僕は、白ワインをオーダー。
初日のディナーは、ぎこちなさが残りながらも、
スムーズに進んでいく。
そして、デザートとコーヒーの頃、
何やら、大きながま口を持った女性が
我々の目の前に登場する。
ガイドの方曰く、
自分の飲んだお酒の分を、
この人に支払ってください。
え、このタイミングで?
僕は、心の中で苦笑しながら
お財布を出し、
白ワイン2杯分を支払う。
ほろ酔い加減も薄れてしまい、
初日のディナーが終わった。
翌日からは、
ロマンチック街道を巡る旅が始まる。
古い町並み、石畳の道、教会の塔、などなど。
バスの窓から、
ロマンチック街道の風景が、
次々と流れていく。
ただ、実は僕の記憶の中に、
これら景色の記憶があまり残っていない。
ただひとつ、クリアに残っているのは、
山の中にそびえ建つ
ノイシュヴァインシュタイン城。
山の緑の中に、
城壁の白さ、空に延びる尖塔が際立っていたのを、
覚えている。
その日のディナーは、
近くのレストラン。
城の余韻で、
美味しいディナーを頂く。
ただ、この日も、
食後のコーヒーの頃になると、
例の女性が、巨大ながま口を持って現れる。
システム上仕方ないのかなぁ、
と思いつつ、
やはり、このようなやり方には、
少し興ざめだ。
一週間はあっという間に終わった。
他の参加者たちとも、
次第に仲良くなっていった。
お天気も良く、
心地よいツアーだった。
しかしながら、
なぜか一番印象に残っていたのは、
食後に現れる、がま口を持った女性だ。
ツアーの旅程を終え、
再びフランクフルトから帰路に着く。
そして、やがて成田空港に到着。
ツアー参加者は、成田で解散になり、
三々五々、帰っていった。
僕も、成田エクスプレスで大船へ。
自宅近くまで直行してくれる、
乗っただけでくつろげる電車だ。
車内で旅を振り返る。
この時間も嫌いではない。
しかし、思ったのは、
僕はやはり一人旅派かな、
ということ。
自分の思いのまま、
自分のペースで旅すること、
それが、
僕には一番向いている気がする。
その後の旅は、
また、一人旅に戻っていった。
今朝のドリップ、
湯温は、たまたま84.1度。
抽出が思った以上に上手くいき、
飲むコーヒーの
心地よい苦みが喉を潤す。
今朝の至福度は、大「至福」です。
2026年5月19日
晴れ
#053 フィエーゾレから臨む
フィレンツェの市街から、
ローカルバスに乗りこむ。
街の喧騒は、
次第に田舎の静けさへ変わっていく。
三十分ほど乗ると、
山の上の、小さな町、フィエーゾレに到着。
バスを降りる。
フィエーゾレは、
エトルリア人とローマ人がつくった町。
フィレンツェに行く時には、
必ず訪れようと思っていた場所、
ようやく念願がかなった。
誰もいない遺跡の一角に、
古い塔があった。
塔の中に入ると、
細い、らせん階段が上に続いている。
足を踏むだけで壊れてしまいそうな石の階段。
遺跡の壁に手を添えながら、
恐る恐る、登る。
静寂と、吹き抜ける風音の中に、
ローマ戦士の声が聞こえてきそう。
そして塔の最上部に出る。
そこには、絶景が広がっていた。
周りには丘が、
遠くにはフィレンツェの街が見渡せる。
そんな記憶が、
頭の中にぼんやりとあるのだけれど、
実は、いくら検索してみても出てこない。
どこか別の遺跡だったのだろうか。
僕の昔の記憶が間違っているのか。
まあ、それはいいや。
ただ、その時、
妙に納得したことを覚えている。
昔の人たちが、
なぜ山の上に砦を築いたのか。
それは、敵を遠くまで見渡せるからだ。
それが、最大の防御となる。
なるほど。
二千年前の戦士たちも、
同じ風を受け、
同じ景色を見ていたのだろうな。
人気の無い遺跡と、見る景色は、
僕を、遠い過去の時代へと連れて行ってくれた。
しばらく、いにしえを感じ、階段を下りる。
そして道を下り、再び路線バスに乗り込む。
フィレンツェに戻ると、
その足でカフェに行き、
エスプレッソを注文する。
小さな一人旅、
その満足感を感じながら、
エスプレッソを一杯。
小さなカップの苦味が、
心地よい午後だった。
今朝のコーヒーも苦みが美味しい。
今朝の至福度は、大「至福」
2026年5月12日
晴れ
#052 デンマークからやって来た、白磁と青の器たち
コペンハーゲンのカールスバーグ美術館。
そこでの会食だったと思う。
僕がロイヤルコペンハーゲンに出会ったのは。
かつて、Carlsberg のビールを担当し、
デンマークとのご縁ができた。
その時Royal Copenhagenは、
カールスバーグと同系列のブランドだった。
美術館のランチで出会ったのが
Royal Copenhagen。
はじめてこの器を知った。
その、素朴な美しさに見とれたのを覚えている。
帰国して、早速調べると、
日本の本店は、丸の内らしい。
即座に伺って、
最初は、ご縁だからと2枚のお皿を購入。
デザインに種類があると、色々見せていただく。
ダブルレースは、僕には少し高値の花。
かといって、ハーフレースではものたりない。
そこで、選んだのは間を取ってフルレース。
まずはご縁に、小さ目のお皿を2枚購入。
家に持って帰り、じっくりその柄を眺めた。
手描きならではの味がある。
絵師によって、
タッチや色合いも微妙に異なる。
それが、なんとも心地よい。
このブランド、少し集めてみようかな。
そう思うと、待ちきれない。
翌日、
またお店に向かった。
残りの4枚を求めるために。
お店の方が親切に、
微妙に異なる絵のお皿を、
いくつも並べてくれる。
その中から、好きな表情のお皿を選びだす。
その時間がまた、楽しい。
それから、僕の蒐集がはじまる。
白磁に描かれた、青一色の世界。
静かなのに、華やか。
繊細なのに、どこか力強い。
その不思議な魅力に、
少しずつ惹かれていった。
小皿から始まり、
少し大きめなお皿、
ディナープレート、
スープ皿、
カップ&ソーサーへと。
そして、
コーヒーポットも仲間に入れた。
結局、
ダブルレースのカップ&ソーサーも、
仲間入り。
把手の下には、
鬼のような顔。
少し怖い。
でも、見ていると、
それがまたかわいくなる。
お皿やカップは、
友人を招いたディナーで、
クリストフルと並べて使った。
器が変わるだけで、
食卓の雰囲気は、
瞬く間に豪華な晩餐へと変わる。
今では、
ほとんど使うこともなくなり、
器たちは、
キャビネットの中で静かに眠る。
それでも時々、
扉を開け、皿を手に取る。
すると、
あの頃の食卓や、笑い声が、
静かによみがえってくる。
器は、不思議だ。
使わなくなっても、
その時のことを記憶してくれている。
今でも、
ロイヤルコペンハーゲンの器たちは、
僕に、小さな豊かさを与えてくれる。
明日は、
ダブルレースのカップ&ソーサーで、
コーヒーを飲んでみようかな。
今日の至福度は、大「至福」です。
2026年5月8日
曇り
#051 アブダビで出会った、銀の輝き
アブダビで過ごした日々。
休日は、どこか退屈で、
特にすることもない時間だった。
だから、モスレムの週末、金曜日になると、
街へ出た。
ウインドーショッピング。
それが、いつしか習慣になっていた。
そんな中で、
足が止まる店があった。
フランスのシルバーカトラリー、
クリストフル(Christofle)の、
ナイフ、フォーク、スプーンたちだ。
それまでの僕は、
カトラリーに、
特別な興味を持っていなかった。
けれど、
町の店に、何度も足を運ぶうちに、
少しずつ、惹かれていった。
華やかな銀の輝きと、
手にしたときの、静かな重み。
七十五パーセントの銀地に、四十ミクロンの純銀メッキ。
その光沢は、静かに、しかし確実に僕の目を奪っていく。
選んだデザインは、
マルリー・シリーズ。
ルイ十五世が建てた
マルリー城に由来する意匠。
ロココの装飾が、
現代的に整えられたデザインだ。
毎週、一セット六本ずつ。
街に出ては、少しずつ買い集めていった。
そして、気がつけば、
ほとんどの種類が揃っていた。
やがて日本へ帰国し、
そのカトラリーを使う機会をつくった。
友人を招き、
つたない料理をふるまう。
料理は、特別なものではない。
けれど、
テーブルに並ぶ、クリストフルのカトラリーが、
その時間を、特別なものに変えてくれる。
ディナーは、豪華な晩餐に様変わりする。
窓の外には、広町の緑。
テーブルの上には、静かに光る銀のカトラリーたち。
退屈を埋めるために始めたことが、
後になり、
暮らしの質を変えてくれる。
あのときの時間に感謝だ。
宴の後、カトラリーをシルバーポリッシュで磨き、
棚にしまう。
次の誰かを迎えるまでの、静かな時間だ。
クリストフルは、
僕の日常に、確かな豊かさをもたらしてくれた。
今朝のコーヒーを飲みながら、
そんなことを思う。
今朝の至福度は、大「至福」。
2026年5月4日
晴れ、強風
#050僕の、最長フライト。
ローマから成田まで。
南回りの便で、24時間のフライト。
あの頃の僕は、会社に入ってまもなく。
座席は、当然エコノミー。
まだ、体力が有り余っていた頃。
あえて、24時間に挑戦した。
今よりも、ずっと席が狭かった時代。
飛行機に長く乗るには、体力がいる。
その体力が、まだあったころ。
観光を終えて、
ローマでチェックイン。
後方の3人掛けの席を選ぶ。
運がよければ、
3席を独り占めできる。
そうすれば、
即席のフルフラットだ。
搭乗したのは、JAL462便。
ジャンボジェット。
当時の南回りは、461便から466便。
奇数便は西へ、偶数便は東へ飛ぶ。
僕とアブダビを繋ぐ架け橋だった。
ドアが閉まる。
隣、そしてその隣も空席。
よし、今日はいける。
最初の区間は、
ローマからアブダビまでの6時間。
アブダビは、いつも仕事で降機するところ。
それが、この日は違う。
だから、
機内に残るだけで、うきうき気分だ。
1時間、待機。
そして離陸。
次はニューデリーまでの3時間半。
当時は、ニューデリーと呼んでいた。
今は、デリー。
着陸、そして機内待機。
1時間ほどで出発。
さらにその先、
バンコクまでは4時間半。
さすがに疲れがたまってくる。
3席を使って横になる。
狭くても、こうすれば救われる。
バンコクに着陸。
ここでは一度降機し、
空港でトランジットの1時間。
ロビーで、
背伸びし、深呼吸。
少しだけ生き返る。
そして、最後のフライト。
成田までの6時間だ。
462便は、東回りの帰国便。
日本へ向かう便番だ。
だから僕は、偶数が好き。
そしてついに大きな機体が
滑走路に着地。
疲れた体に、
着陸の心地よい衝撃が伝わる。
長かったー。
成田に到着、
24時間の旅の終わり。
着地の瞬間、
たまっていた疲れが、
すっと抜けていく。
ああ、帰ってきたぞー。
ランウエイを滑りながら、
全身で、
よろこびを感じたのを、
今でも覚えている。
達成感。
この便はずいぶん前に廃止になり、
今は、もうない。
ダークローストを飲みながら
こんなことを思い出した。
舌の両奥には、心地よい苦み。
今朝の至福度は、大「至福」です。
2026年4月30日
曇り
#049僕の舌は、何度が好き?
今朝のコーヒーは、
少しだけ、違うことを試す。
ドリッパーで淹れるときのお湯は、85度。
でも、飲むときの温度は、
どこにあるのだろう。
検索では、60度から70度。
僕の一杯はどうかな。
淹れたてをマグに注ぐ。
温度計を入れる。
65度。
ひとくち。
僕には少し熱いなあ。
少し待つ。
60度。
まだ、ほんの少し熱いぞ。
。
もう一度、口に運ぶ。
すっと、入ってくる。
55度だ。
このあたりで、
舌の奥が、
静かに目を覚ます。
苦みが、
ゆっくり立ち上がり、
コクが、
奥へと広がる。
舌の両脇に、
やわらかな余韻。
ああ、このあたりか。
一杯のコーヒーも、
温度ひとつで、
表情を変える。
サーバーから、
二杯目を注ぐ。
50度。
これも、悪くない。
やわらかく、静かに、
舌を流れていく。
コーヒーは、
淹れるだけではなく、
どの温度で味わうかも大切。
僕の舌は、55度がお好みだ。
そんなことを思いながら、
今朝の一杯。
楽しい。
今朝の至福度は、大「至福」
2026年4月27日
雨のち晴れ
#048テンシャン山脈の麓で思う、日本人の心
アルマトイは、カザフスタンの旧首都。
遠くにテンシャン山脈を望む街だ。
西洋と東洋が混じり合った、
どこか不思議な空気がある。
日本からは遠く離れた異国。
それでも、この地でも日本人の評判はいい。
旧ソ連圏で仕事をしてきた中で、
僕は、日本人への親近感と、
静かな敬意のようなものをずっと感じていた。
なぜなんだろう。
ずっと思っていた。
あるとき、現地の友人に尋ねると、
彼は街を案内してくれた。
そして、いくつかの建物を指さしながら、
こう言った。
「これは、日本人が建てたものだ」と。
市内には、
かつて日本人が建てた建物が、今も多く残っている。
現地の人たちは、
それを「日本人の建物」と呼んでいる。
以前に起きたアルマトイ大地震のときも、
それらはびくともしなかったという。
第二次世界大戦後、
シベリアに抑留された日本人たちが、
この地にも送られてきた。
過酷な環境の中で、
彼らは建物を造り、街を支えた。
その仕事ぶりは、
誠実で、丁寧だったという。
その姿を、
カザフの人たちは見ていた。
そして、
そこに敬意を抱いた。
友人は、さらに僕を、
市内の日本人墓地へと案内してくれた。
静かな場所だった。
花を手向け、
そっと手を合わせる。
過酷な時代の中で、
ここに生きた人たちがいた。
その営みは、
いまもこの地に残っている。
そして、その記憶は、
カザフの人たちの心の中で、
静かに生き続けている。
僕は、
そのつながりの先にいるのだと思った。
もう一度、
静かに手を合わせたのを覚えている。
今朝のコーヒーは、
買い替えのタイミングだったので、
ダークローストの豆を多めに挽いた。
いつもより、少し強めの苦みが心地よい。
今朝の至福度は、大「至福」です。
2026年4月22日
晴れ
#047 スカイ島の原野は、地形の一生
窓の外は曇り。
曇り空を見ると、スコットランドを思い出す。
スコットランドにご縁が出来た頃、
どうしても行ってみたかった場所があった。
スカイ島だ。
中学生の頃、
地図帳を見るのが好きだった。
最初のページに、
地形の一生を描いた図があった。
幼年期、壮年期、老年期。
それを繰り返す。
その姿は、
あるとき写真で見たスカイ島そのものだった。
緑のうねりと、急峻な岩の谷。
あれは幼年期なのか、壮年期なのか。
その両方なのだろうか。
なだらかさと荒々しさが同居する、
不思議な風景だった。
いつか行ってみたいと思いながら、
長いあいだ記憶の中で眠っていた。
その機会が、ふと訪れたとき、
夏休みをとり、ひとりで向かった。
そこで見た風景は、
今でもはっきりと残っている。
日本では見られない景色。
言葉に出来ない感動だった。
どこか現実離れしていて、
絵画の中に入り込んだよう。
旅では、
食べものやレストランが記憶に残るけれど、
スカイ島では、ほとんど覚えていない。
蒸留所に行ったのかどうかさえも。
でも、あの風景だけは、鮮明だ。
地形のサイクルは、何千年、何万年。
今でもあのままだろう。
観光客は増えているかもしれない。
今行っても、同じ感動を持てるだろうか。
あの記憶は、
このまま自分の中に残しておこうかな。
今朝のコーヒーの苦みは、
スカイ島の思い出。
あの時の記憶へと、静かに誘ってくれる。
今朝の至福度は、大「至福」
2026年4月21日
曇り
#046 ビールの苦み、コーヒーの苦み
昨日は、大学のクラブ仲間との会食。
しばらく飲んでいなかったビールを味わった。
最初の一口。
苦みが、なんとも心地よい。
忘れていた感覚が、ふと蘇る。
うーん、ビールも美味しいなあ。
本来、苦みというのは、
毒を警告するための味覚らしい。
身体が、危ないと感じるサイン。
それが大人になると、
なぜか好きになっていく。
苦みは、学習する味覚のようだ。
僕も、昔は苦みが苦手だった。
ピーマンや、たまねぎ。
いつから好きになったのだろう。
コーヒーの苦みも、同じだ。
いつのまにか、
この味が好きになっていた。
人は、ストレスを感じると、
苦みを好むらしい。
でも、僕には、
ストレスの指標ではない。
僕にとっての苦みは、
舌に優しく、口に心地よく、
心を整えてくれるもの。
今朝も、いつものコーヒー。
ダークロースト100%で淹れてみた。
うーん、美味しい。
今日の至福度は、大「至福」です。
2026年4月19日
晴れ
#45 僕の相棒、シックスファイ
ドリップコーヒーを始めた頃は、
普通のコーヒーポットを使っていた。
それで十分だと思っていた。
けれど、CAFECの抽出にこだわり始めてから、
口元から出るお湯が気になり出した。
そして、ついにツバメプロを購入。
注ぎ口は細く、直径6ミリ。
僕は勝手に、
シックスφ(ファイ)と呼んでいる。
口元は、斜めに竹を切ったようなシャープさ。
そこから出るお湯は、ほぼ真下に、静かに落ちていく。
このポットを使い始めてから、
抽出が変わったと思う。
細く、ゆっくりと、途切れずに。
思った通りのラインで、お湯をコントロールできる。
ただし、楽ではない。
静かに抽出を続けるためには、
ポットを持ち、一定のリズムで回し続ける。
右手は、かなり疲れる。
腱鞘炎になりそうだ。
それでも、止めない。
お湯の投入が終わり、
ようやく一杯が完成。
淹れ終わったときには達成感。
気がつけば、僕の相棒だ。
役目を終えて、
そっと置かれるシックスファイ。
豆から引き出された味が、
カップの中に凝縮されている。
今朝も、シックスファイに感謝だ。
今朝の至福度は、大至福です。
2026年4月17日
晴れ
#044 思い出した!ロンダの橋だ
最近、テレビでたまたま見たコマーシャル。
重機が動く、その遠景に、
深く切り立った谷と、そこに架かる橋。
あれ、これはもしかして、
どこかで見たことがある。
いや、見たことじゃない。
行ったことがある。
思い出した、ロンダだ。
スペインの山あいの町。
深い谷をまたぐ、大きな石の橋。
ローマ時代のものではないらしい。
その迫力もさることながら、
強く感じたのは、その美しさだった。
橋の上から見下ろすと、
谷底ははるか下。
吸い込まれそうな高さだ。
この町にもパラドールがある。
予約していたパラドール・デ・ロンダ。
近くにはスペイン最古の闘牛場もある。
そんな景色の中で、なぜ重機?
少しだけ現実に引き戻される。
レンタカーで観光スポットに向かう途中、
突然、白バイに止められた。
何やら言っている。
「車検がない」ということらしい。
いや、それは僕の責任ではないだろう。
そう思いながらも、
警察には逆らえない。
結局、その場で現金を支払うことになった。
金額も、なかなかのものだった。
なんとも釈然としない。
ところが、そのあとが可笑しい。
なんと、二台の白バイが、
行き先まで先導してくれたのだ。
さっきまで取り締まっていた相手に、
守られながら走る。
思わず吹き出してしまった。
今朝のコーヒーを飲みながら、
そんな出来事がよみがえる。
あの橋から見下ろした、
深い谷の景色は、
今も僕の記憶の中に、
生き続けている。
今朝の至福度は、大至福です。
2026年4月16日
晴れ
#043朝、八十五度の攻防
湯温は、八十五度。
最近は、この温度でドリップしている。
きっかけは、数日前の一杯。
この温度で淹れたコーヒーが、
驚くほど美味しかったからだ。
それ以来、八十五度。
沸騰させた、やかんのお湯を、
CAFECのツバメプロに移す。
ほんの少し目を離すと、
湯温はすぐに下がってしまう。
油断は禁物。
下がりすぎると、
コクもキレも、ぼやけてしまう。
八十五度で淹れると、
抽出終了時は、だいたい八十度くらい。
マグカップに注いで、
口に運ぶころには、ちょうどいい温度になる。
これが、心地よい。
僕は毎朝、マグカップで二杯。
二杯目を注ぐころにも、
まだ温度がしっかり残っている。
これも、ちょうどいい。
豆は、七里キャビンのダークロースト。
そこに、グアテマラを少し。
ただし、量は量らない。
その日の気分と、手の感覚で決める。
グアテマラが少ないと、苦みが前に出る。
ちょうどよく入ると、コクと苦みが整う。
入れすぎると、酸味が顔を出す。
これは、僕には禁じ手。
だから、その一歩手前を探る。
その加減が、また楽しい。
同じように淹れているつもりでも、
毎朝、味は少しずつ違う。
その違いを確かめながら、
今朝の一杯を味わう。
ドリップコーヒーは、やっぱり面白い。
今朝の出来は、
うーん、普通か。
明日は、もう少し上手に淹れられるかな。
そんなふうに思う時間が、一番楽しい。
今朝の至福度は、中「至福」ぐらいです。
2026年4月14日
晴れ
#042逗子の午後は、フレンチに舌鼓
昨日は、高校時代の友人たちと食事。
何十年ぶりかの、逗子のフレンチ。
外は、よりにもよって大嵐。
それでも、気持ちはどこかうきうきしている。
海岸には、白い大波が次々と押し寄せる。
いつも混み合う道も、今日は驚くほどスムーズ。
友人の車で、海沿いを走る。
その加速が、心地よい。
ほどなくしてレストランに到着。
雨の中、傘もささずに入口へ駆け込む。
ドアのガラスには、店の名前。
二階のテーブルに着くと、窓の外には荒れる海。
その景色も、今日は心地よい。
気分は、すでに最高だ。
この店は、魚が美味しい。
迷わず、魚づくしを選ぶ。
まぐろ、すずき。
どれも、とても美味い。
友人との会話が、料理をさらに引き立ててくれる。
こういう時間があることに、ただただ感謝。
食後に出てきたコーヒーは、
しっかりとした苦みがあり、これもまた美味。
完璧。
どんなに美味しい料理でも、
最後のコーヒーで印象が変わることがある。
多分、自分で淹れるコーヒーが、
舌を贅沢にしてしまっているのかも。
昨日は大満足。
良き一日の、静かな締めくくりだった。
今朝、コーヒーを飲みながら昨日を思い出す。
そして、もう一度、楽しい気分になる。
今朝の至福度は――
大至福。
2026年4月11日
快晴
#041鉄の扉、その向こうは異国情緒
モスクワに住んでいた頃、
仕事の相手がグルジア人だった。
そのご縁で、ときどき、
グルジア料理の店に連れて行ってくれた。
店は、街の一角にひっそり。
外からは、ほとんど分からない。
当時は、ロシアとの関係も緊張していて、
どこも警備が厳しかった。
入口には、屈強なボディガード。
我々の到着を確認すると、
厚い鋼鉄の扉を開けてくれる。
中に入るや否や、
その扉は重い音を立てて閉まる。
その瞬間、少しだけドキドキする。
扉の中は、異国情緒に満ちている。
グルジアには「タマダ」という役割がある。
宴の幹事兼進行役で、
場を仕切り、長い食事を導いてくれる。
いつも友人がタマダだ。
日本の「玉田」と同じ発音で、
どこか親しみを感じた。
最初に出てきたのは、ハチャプリ。
チーズの入った、グルジア風のパン。
中には卵が落とされていて、
それを混ぜながら食べる。
とても美味しい。
新鮮な野菜が、そのままボウルで出てくる。
チーズを使った料理も多く、どれも豊か。
ヒンカリという、小籠包のような料理もある。
気がつけば、お腹はパンパン。
それでも最後に、
羊の串焼き、シャシリクが出てくる。
ここまでたどり着くのは、なかなか大変。
それでも、食べる。
彼らにとって、
客に食べてもらうことは喜びなのだ。
グルジア人は、とても人情が厚く、
男同士で抱き合う挨拶には、少し驚いた。
その中の一人とは、
たまたま誕生日が同じ。
今でもメル友だ。
もうずいぶん昔のこと。
あのハチャプリ、
もう一度、食べてみたい。
飲み物は、最初から最後まで、
グルジアワイン。
グルジアは、ワインの産地だ。
最後に飲むのはいつもエスプレッソ。
知っている限り、
海外では、
美味しいドリップコーヒーと出会うことが少ない。
それでも、その一杯が、
楽しい宴の締めくくりだった。
いつの間にか国の呼び名が、
グルジアからジョージアに変わった。
でも、僕にとっては今でもグルジア。
友人は厳しい環境の中、
元気に暮らしているようだ。
今日の至福度は、大「至福」
2026年4月9日
晴れ
#040コーヒーの横には白い友
ドリップコーヒーの味を覚えてから、
コーヒーは、いつもブラックで飲むようになった。
そのほうが、
コーヒー本来の味を楽しめるから。
ただ、飲むときには、いつも横に、
ミルクの入ったグラスを置いている。
ブラックのコーヒーを一口。
そして、ミルクを一口。
そんなふうに、交互に飲んでいる。
以前、コーヒーにはシュウ酸が含まれていて、
結石の原因になるという話を聞いた。
そして、その対策として、
ミルクを一緒に飲むと良い、とも聞いた。
ミルクのカルシウムが、
シュウ酸と結合して吸収されるのを防ぐらしい。
それ以来、この飲み方が習慣になっている。
もっとも、
あとで調べてみると、
この話も、どこまで本当なのかよく分からない。
でも、僕はもともと牛乳が好きだし、
この組み合わせは、しっくりくる。
理屈はどうあれ、
今ではすっかり僕流の飲み方になっている。
ときどき、ふと思う。
もし、何かの理由で、
コーヒーが飲めなくなったらどうしよう、と。
それくらい、
コーヒーが好きになってしまった。
淹れる楽しみと、飲むよろこび。
ダブルで嬉しい。
コーヒーの横には、ミルクを一杯。
今日も楽しくドリップし、
ブラックコーヒーの味を楽しんでいる。
白い友は、それを引き立ててくれる。
今日の至福度は、大「至福」
2026年4月7日
曇り
#039ペルシャ絨毯は、西鎌倉のオアシス
家に数枚のペルシャ絨毯がある。
クム製だ。
一枚は壁に掛け、
あとは巻いて、立てかけてある。
アブダビの頃、
ペルシャ絨毯は、
娯楽の少ない中で見つけた僕の楽しみになった。
ペルシャはアラビア湾を挟んだ対岸の国。
今は戦火の場所だ。
当時の海は穏やかで、
小さなダウ船が、ゆっくりと行き来していた。
その積荷のひとつが、ペルシャ絨毯。
休日になると、
僕は、市街の絨毯屋に繰り出した。
店に入ると、
次から次へと絨毯を広げてくる。
これはどうだ、これは好きかと、
たどたどしい英語でたたみかける。
僕も応戦。
いくつも広げて品定めをすることは、
失礼ではないらしい。
むしろ、その時間そのものを、
互いに楽しんでいるよう。
こちらの様子を見ながら、
より綺麗なもの、
より高価なものを薦めてくる。
その中で選んだ一枚が、今ここにある。
ペルシャ絨毯は、
気の遠くなるような手仕事で織られる芸術品。
芸術性に加え、
価値の目安の一つがノット数。
一平方インチあたり四、五百を超えると
良い絨毯だと、会社の先輩に教わった。
産地によって、
色も柄も、糸の種類も異なる。
僕は、クムの絨毯が好きになった。
さまざまな色の糸で織り込まれた模様。
花のピンクや葉の緑、そして鳥たちの、うぐいす色。
一週間ぶりに現場での仕事を終え、
陸に戻る。
外は気温五十度、
強烈に冷房を効かせた自分の部屋に戻り、
その絨毯を眺める。
それだけで、
張りつめていた心がほどけた。
部屋はまるで、砂漠の小さなオアシス。
そして、クムの絨毯は、
僕の心のオアシスだった。
この一枚は、家の壁に掛けてある。
そして、今でもその絨毯は、
僕にとって、
心のオアシスになってくれている。
西鎌倉のオアシスで、
絨毯を愛でながら飲むドリップコーヒー。
最高に美味しい一杯になる。
今朝の至福度は、大「至福」
2026年4月6日
晴れ
#038美術館はセーヌのほとり
パリに行くときは、
必ず、オルセー美術館に寄ることにしていた。
セーヌ川のほとり、
かつてのオルレアン駅舎。
大きすぎず、小さすぎず。
美術館の中にいても、どこか落ち着く。
一部屋、一部屋のサイズもちょうどいい。
そこに流れる空気も心地よい。
次の部屋には、どんな絵があるのだろう。
そんな期待を抱きながら廻っていく。
好きなのは、
ゴッホの、ローヌ川と月星夜。
彼にはこんなふうに見えていたのかと感動したり、
「え、これは北斗七星じゃないか」と、
ふと気づいて興奮したり。
正しいかどうかは、
分からないけれど。
ルソーの、不思議な絵も大好きだ。
夢なのか、現実なのか。
幻想の世界に、
僕をいざなってくれる。
観終わって天井を見上げると、
アーチ状の屋根が、また美しい。
カフェは、時計台の裏側だったような。
小さな空間で、足も疲れず、
満たされた気持ちになる。
今朝のコーヒーを飲みながら、
あの空間と、やわらかな時間の流れを
ふと、思い出した。
また、あの場所に行きたくなった。
今朝の至福度は、大至福です。
2026年4月5日
曇り
#037鎌倉山の桜、気分は日本晴れ
家の近くには、広町の大桜と並び、
もうひとつ有名な桜がある。
鎌倉山の桜並木だ。
今日は快晴。
おそらく今季最後のお花見日和になりそうだ。
朝のコーヒーを一杯。
カメラを手に取り、出かける。
細い山道を車で登ると、
並木は満開の桜。
車を留め、しばらく歩く。
鎌倉山の桜は、もう老木だ。
昔のような華やかな桜のトンネルは、もうない。
それでも、大きな木々たちは、一生懸命花を咲かせている。
木々たちの息吹を感じる。
一本一本、桜の写真を撮る。
再会した人々の写真を撮るように。
撮れるだけ撮って、
花の香りをかぎ、
空気を大きく吸い込む。
うーん、満足。
今朝のコーヒーは、
驚くほど美味しく淹れられた。
天気のせいか、
豆の比率か、淹れ方か。
理由はよく分からないけれど。
一口飲んだ時に、
あれ、どうしたんだろう?
と、思うほどの美味。
美味しいコーヒーを飲むと、
嬉しくなる。
そのままの気分で桜の写真を撮ったから、
もしかすると、
写真にも僕の気持ちが写っているかも知れない。
気分は日本晴れ。
そんなことを思いながら、
今日のダイアリーを書いている。
至福度は、特上「至福」です。
2026年4月3日
快晴
#036コーヒーは、心のリハビリ
毎週一回、外科のリハビリに通っている。
首や足を調整してもらう。
担当はKさん。
僕の体をざっと見て、少し触れる。
今日はどこが悪いのか、
どこをほぐせばいいのか。
体の状態を、一瞬のうちに見極めてくれる
まるでマジシャン。
ご自身も元スポーツマン。
体を動かしてきた人の感覚や気持ちを、
自然に共有できる。
リハビリの時は、心のリラックスも重要。
Kさんは、それもよく分かっている。
僕の話題に乗ってきてくれる。
最近は、コーヒーの話もするように。
Kさんも興味があるようだ。
コーヒー話は僕にとって大切なテーマ。
幸せホルモンを分泌してくれる。
そして、今朝はもう少し丁寧に淹れてみよう、
そんな気持ちにさせてくれる。
コーヒーは、僕の心のリハビリだ。
今朝も、美味しいドリップコーヒーを楽しむ。
今朝の至福度は、中「至福」です。
2026年4月2日
雨
#035湯舟の至福
江藤淳の『漱石とその時代』を読み終えた。
全五巻、未完の大作。
僕の読書は、
風呂に浸かり、体が温まるまでの、
ほんの四、五ページだけ。
前に読んでいた本を読み終え、
本棚を眺め、
ふと手に取った一冊だった。
古い文体や手紙文が多く、
とても歯が立たず、
一度あきらめた本。
せっかくだからと、
試しに読みはじめた。
やはり難しい。
三分の一ほどは、
よく分からないまま読み進めた。
それでも、
漱石という人間のリアリティに、
自然と引き込まれていった。
熊本での教師時代、英国留学、
そして新聞社での作家としての時間。
明治から大正へと移る時代の空気の中で、
漱石の人生が静かに立ち上がってくる。
気がつけば、一年近く、はまっていた。
終わってみれば、あっという間だった。
本を読み終える時は、
少しだけ寂しい。
作者や登場人物と、
別れることになるからだ。
だから、終わりが近づくと、
次に読む本を探すことにしている。
悩んだ末に選んだのは、
島崎藤村の「夜明け前」。
二度目の読書だ。
旧友に、また会うような気持ちで、
今から楽しみ。
今日も、
いつものようにドリップ。
上手くいった。
朝のコーヒーを飲みながら、
ネットで注文を完了。
本が届くのを心待ちに、
その心地よい苦みを、
ゆっくり味わう。
幸せ。
今朝の至福度は、中「至福」
2026年3月31日
雨
#034 1枚の絵と、1杯のエクスプレス
今朝は、旅の回想。
リビングルームの壁に、一枚の絵が掛けてある。
パリで出会った日本人画家Sさんが描いた、
モンマルトルの風景だ。
出会ったのは、
サクレクール寺院近くの広場。
そこでは若い画家たちが並び、
観光客に、
似顔絵やパリの風景を描いていた。
ふと一枚の絵が目に入る。
そして、Sさんがいた。
はじめは、
観光客と画家との普通のやりとり。
話が長くなり、
カフェでコーヒーでも飲もうか、
と誘ってくれる。
フランス語ではエクスプレス。
それが、お付き合いの始まりだった。
Sさんからは、
絵のこと、
そしてフランスの画家たちの生き方について、
たくさん教わった。
ヨーロッパでは、
画家は「アーティスト」である前に、
「職人」として登録しているという。
以前からの僕の疑問も、聞いてくれた。
印象派の画家たちは、
あれほど斬新な絵を描いたのに、
なぜ額縁は昔ながらのものを使っていたのだろうか、
とか。
それ以来、
パリを訪れるたびにSさんとお会いした。
いつも心が弾んだ。
Sさんの愛車で、
いろいろな場所へ連れて行ってくれた。
ゴッホの部屋、広がる麦畑。
彼の目には、こんな風に見えていたんだ。
感動で涙した。
そして、
仲良くテオと並ぶ、静かなお墓。
また涙した。
ひとつひとつの風景が、
記憶の奥に、静かに残っている。
今朝のドリップコーヒーの苦みは、
あの時、飲んだエクスプレスの味もする。
その心地よい苦みを、
今でも舌は覚えている。
Sさんは、今、
ノルマンディーに住んでいると聞いた。
今朝の至福度は、上「至福」です。
2026年3月30日
曇り